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本日開店、なりすまし屋

『本日開店なりすまし屋。

 あなたのご要望に応じて誰にでもなりきります。ご連絡ください』33歳の祐介が、このチラシを作り商売を始めて3年になる。
 初めの1年は、全く仕事がなかったが、そのうちポツリポツリと依頼が来るようになり、今では大盛況だ。
 初めての仕事は、『なりすまし孝行息子』だった。依頼人を母さんと呼び、一日息子になる。肩をたたいたり、食事を「美味い美味い」と食べる。依頼人が祐介の母と同年代だったので、この仕事はうまくいった。依頼人の満足そうな顔を、今でも覚えている。今まで、いろいろな『なりすまし屋』になった。
 殆どの依頼人は、嬉しそうに礼を言い、涙を流して喜んでくれた。それだけでやり甲斐があったし、祐介自身も嬉しかった。
 今日の仕事は、姑の介護をする人からの『なりすまし愚痴きき屋』だ。その人の愚痴を聞くだけだから簡単だ。しかし、終わると気が重くとても疲れていた。依頼人が気の毒になり、感情移入してしまったのだ。
 なりすまし屋でなく、祐介の気持ちが出てしまう。これはこの稼業では、絶対タブーだ。
「いけない、商売商売」と自分に言い聞かせながら、明日の依頼ファックスに目を通した。
『なりすまし恋人』。田舎の親に見合いを勧められているが、依頼人の絵里さんはその気がない。そこで恋人になりすまし、見合いを断る。祐介の得意バージョンだ。この手の仕事は数多くこなしてきたから、自信があった。絵里さんの誕生日は勿論、性格、血液型、趣味嗜好等、あらゆる情報を頭に入れた。
 当日、しゃれたレストランで親に会う。
 娘の幸せを願う人の良さそうな親だ。
「恋人の祐介さん」
「初めまして。絵里さんと結婚を前提におつきあいをしています」
「お父さん、恋人がいるの見合いはしないわ」と、ここまでは順調だった。完璧のはずだった。が、バレた…。絵里さんが強い魚アレルギーだという事、情報ファイルにはなかった。
 だから、マダイの香草パン粉焼きを「君の好きな魚料理だね」と言ったのだ。娘のアレルギーを知らないなんて、怪しいと疑惑の目で睨まれた。その場を取り繕うため、次々に口にした言葉が、さらに墓穴を掘った。
 5日後、結局見合いをする事になったからこの契約は無効で成立しないと連絡があった。せめて、半額返金にしようと何度か交渉した。しかし、今日はっきりと、しかも強い口調でこう宣言された。
「支払った金額、全額返金してもらいます。いいですね!」

-fin-

2011.6

『「金を出せ!」と迫って来る相手がいる』をテーマに書いたフィクションです。

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