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逢ったことのないあなたに伝えたい事

 幸子(さちこ)は駅前駐車場のいつもの場所に、車を止めた。角の柱の横、ナンバー7の駐車位置だ。他の場所が空いても、必ずそこに止める。
 ラッキーセブン……。良いことがあるようにと、初めて止めた日からずっとこの場所だ。車から降り出口に歩いて行くと、管理人のおじさんに声をかけられた。      「おや幸ちゃん、今日は『ちょこっと家出』の日かい?」その問いかけに幸子は小さく頷いた。
 22歳の社会人一年生の時から、顔馴染みのおじさんだ。45歳の今も、あの頃と同じように幸ちゃんと呼ぶ。幸(しあわせ)の子と書いて幸子、幸せになるようにと願って命名したと、母から聞いた事がある。たった一度の恋に破れ、結婚もせず会社勤めをしながら、老いた母の介護に疲れている毎日。この45年の人生は、幸せだったのだろうか?
 幸子は月に一度、第一日曜日に、あてもなく一日を過ごす。『ちょこっと家出』なの、と管理人のおじさんに告げ、出かけるようになってもう2年になる。母から、会社から、将来の不安から逃げるための一日。初めて出かけた日も、車を止めたのは、今日と同じナンバー7の場所だった。
 幸子は、どこ行きか確かめもせず、ホームに入って来た電車に乗った。いつもこうだ。目的地なんて初めからないのだ。気がむけば降り、ぶらぶらと歩く。疲れたら、コーヒーショップで時間をつぶす。そして、母が介護のデイサービスから帰るまでに帰宅する。そんな『ちょこっと家出』

 幸子は、車窓から景色をぼんやり眺めながら、おじさんの話を思い出していた。
「そうそう、幸ちゃんみたいに、ナンバー7に止める人がいるんだ。他が空いていても必ずそこ。しかも、幸ちゃんが止める日の次の日曜日なんだ」
 私と同じ場所に止める人ってどんな人?
 ラッキーセブンの幸運を求めている人?
 それとも反対に、幸運を手放したくない人?
 幸子は、逢ったこともないその人に、思いを巡らせていた。               そして、きっと幸せをもとめている人なのだ、と思った。何故そう思ったのか、自分でもわからなかった。逢ったこともないその人は、幸せを求めている幸子自身のような気がした。
 幸子はひなびた町を歩きながら、自分にないものを数えるより、今手にしているものを数えようと思った。私には健康な身体があり、仕事がある。何よりこうしてでかけることができるではないか。今朝、鉢植えのダリアが咲いた。気持ちの持ちようで幸せを感じる事ができる。

「私は幸子なんだから」と呟いた。
 逢ったこともない、自分と同じナンバー7の駐車位置に止めるその人が、教えてくれたと思った。 そして夕方、駐車場から車を出す時には、明日がある、と思うようになっていた。明るい日と書いて明日。心が折れそうになったら、このナンバー7の駐車位置に戻ろうと思った。幸子は、ありがとうと言いながら、強くアクセルを踏んだ。

-fin-

2012.10.25

『かぎられた所で起こるドラマ』をテーマに書いたフィクションです。

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