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BAR天空

 二人はここ『バー天空』で出会った。
 自分の名前に恥じない生き方に疲れた頃、同じ悩みを持つ男と女が、バーのカウンターで隣り同士になった。
 男の名前は鷲尾強(つよし)、女の名前は中条美麗(みれい)。
 その出会いを、バーテンダーの俺から話そう。

 鷲尾強の父親は、男は強いものだという信念を持ち、息子に『強』と名付けた。強は名前のように、強くなれ強くなれと、スパルタ教育で育てられた。
 幼い頃、注射が嫌だと泣くと「強い男は泣くな!」と叱られ、けんかで負けると家に入れてもらえなかった。強は筋肉を鍛え上げ、辛い時も唇をかみ、「俺は強だ」と耐えてきた。しかし、33歳になった今、強い男でいる事に疲れたのだ。
「俺だって泣きたい日もあるさ……」と呟いた。そしてあの日、偶然立ち寄ったバー天空で一人の女に出会った。
 中条美麗は、名前の通り、顔立ちはもちろんスタイルや、所作までも美しい女性だ。
 他人(ひと)は、美を保つための努力とつぎ込むお金の事を知らない。美しさの維持の為に、残業の日も、熱がある日も、美顔マッサージやストレッチ体操をしなければ寝られないのだ。
「美しさを保つのに疲れた……」
 美麗は、なんとなく入ったバーのカウンターで、「ハイボールを」と注文した。
 すると、隣に座っていた男が、「同じものを」と言った。
 美麗は思わず男を見た。二人は目が合うと、どちらからともなく笑った。
 美麗は、何故初対面の彼に、「私、名前に疲れたんです」と言ったのか、不思議だった。
 彼は本当に驚いた顔をして「えっ! 僕もなんだ」と言った。
 二人の出会いは、偶然なのかそれとも名前を付けられた時から決まっていたのだろうか。
 強と美麗は、自分の名前の事を語り始めた。
 涙ぐんだり、時には笑ったり、互いの気持ちを理解しあえる人に、初めて会えたのだから話はつきなかった。

「これが二人の物語だ、後の事は知らない」と、バーテンダーが言った。
 あの日のバー天空の閉店は遅く、いつまでも看板を照らす灯りは、ほの暗く揺れていた。

-fin-

2016.03

男の苗字は『鷲尾』・女の苗字は『中条』を条件に書いたフィクションです。

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