top of page

ランナー

 初めてだった。目の前を走るランナーを見るのは。私の想像していた以上に速く、風のように走り抜けていった。
 私は、2009年12月、約1万人が走る第1回奈良マラソンに、給水ボランティアとして参加した。ランナーを応援したくて応募したのだ。コースの沿道に水分補給の飲み物を用意する仕事だ。
 机上に並べたコップを、まるで強風がさらっていくように、次々ランナーの手が伸び取っていく。
 紙コップを並べても、並べても足りなかった。声援する間もないほど忙しかった。
「早く並べて、もう走ってきたよ」と数名のボランティアが声をだしあい作業をした。
 こんな忙しいとは思わなかった……。
 すごいスピードで走るって知らなかった……。そのうち、先頭集団が走り去ると次の集団が来るまで余裕ができた。
 ランナーが、遠くからだんだん近づいてくる姿を、見ることができ声をかけた。
「ファイト!」
「ありがとう、頑張るわ」
汗が光っていた。
 名前も知らない、会ったこともない人と、こんな言葉のキャッチボールをする。なんて心地良いのだろう。
 顔を歪めて走る人がいた。
「しんどいな、大丈夫?」
「元気元気。貴女こそ寒いのにごくろうさん」
 自分が苦しいのに、他人をねぎらってくれる人は初めてだ。
 奇抜なかぶり物や、笑ってしまうコスチュウム、走りながらするパフォーマンスは楽しかった。泣いたり笑ったり、拍手したり……。
 多くのランナーが、私の前を走っていった。
 もう走ることができず、足をひきずり歩く人。
 伴走者と息を、歩調を合わす視覚障害の人。
 一人一人のランナーは、苦しい中でも精一杯、力を出そうとしているのだと思った。
 そんなたくさんの人と出会った。
 苦しい時こそ笑顔に。
 辛い時こそ明るい大きな声を。
『元気だそう、楽しもう』と、自分を励ます。すると不思議に元気になる、楽しくなる。
 そんな事を、初めて会ったランナー達が教えてくれた。声援するつもりが、反対に私がエールをもらった。
 目の前を凄く速いスピードで走り抜けた後は、風が吹き抜けた感じになるのも、初めて体験した。
 ありがとう、ランナーの皆さん。

-fin-

2017.01

『初めての体験』をテーマに書いたエッセイです。

bottom of page