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再生の花火

 「そうか、昨日は夏祭りだったんだ」と絵美は呟いた。公園のごみかごから、ケチャップのついたトレー皿や紙コップが、溢れ出ていた。
 そういえば、毎年夏祭りにこの公園に来たなと思い出した。朝顔の絵柄の浴衣をきた絵美をはさんで両親が座り、花火を見た。
 シューと真っ直ぐに上がり、ほんの少し間をおいて空いっぱいに開く花火、それから「ウォー」と地響きのような歓声がする。
 絵美も両親も、花火も笑っていた。思い出すと涙が、手の甲にポタポタと落ちた。あの頃は、そんな楽しい日々がずっと続くと思っていた。
 しかし、絵美が12歳の春、交通事故で両親があっけなく亡くなった。母方の祖母に引き取られ、腫れ物に触るように育てられた。そんな祖母に反抗し続け、高校卒業と同時に家を出たのだった。
 都会に出て就職し、初めて付き合った人と、求められるままに結婚した。20歳の早い結婚は、家庭のぬくもりが欲しかったのかもしれないと、今振り返るとそう思う。
 優しかった彼が、結婚すると暴力をふるうようになった。気に入らないと、大声で罵りたたく蹴るを繰り返した。それでも絵美は3年辛抱した。それは、夫が時折見せる優しさのせいか、もう一人ぽっちは嫌だと思っていたからなのか、今も解らない。

 公園のベンチに座り空を見ていると、私のようなこんな人生、よくある話じゃないか、と笑えてきた。
 ふと見ると、花火が数本落ちていた。
 それを見つめながら、笑顔が花開いたあの頃の花火は、もう見ることができないのだと、思った。
 でも、私だけの、小さくても綺麗な花火を見ることができる、との思いが、心の底からわき上がってきた。
 花火を買おう、と小走りで駆けだした。
 走りながら、私は笑顔になっている、と思った。
 昼間見る線香花火は、はかなくたよりなさげだった。それでも、「パチパチパチ」と音をたて、精一杯燃えている。
 その音は絵美の耳に、心に届いた。やり直せるかもしれないと思った。
 パチパチの音とともに「絵美、もうおしまい」という母の声が聞こえたような気がした。
 明日は墓参りに行こう。そして、もう一度自分の暮らしを立て直そうと決心すると、公園のベンチから立ち上がった。
 線香花火の煙は、もう消えていた。

-fin-

2017.10

『花火』をテーマに書いたフィクションです。

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