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ゴールド一号機

 ゴールド一号機と呼ばれる自動販売機は、本当に『それ』を必要な人にしか売らない。

 コインを入れボタンを押すと商品が出る普通の自販機ではない。
 だから、山深い隠れ里と呼ばれる村の、小高い丘にポツンと一台あるだけだ。

 それでも欲しい人は、町から2時間かけても来る。丘の上の自販機は『あなたの不満を聞きます』を売っている。ボタンを選び言いたい事を自販機に聞いてもらう。

そして、希望すれば、直接相手に言える魔法がかかる、というしくみだ。
 犬に姿を変えた天使が、天の神様から、管理運営、メンテナンスを依託されている。

 自販機は、高さ1m、幅30㎝、色はゴールド一色で、ボタンは3つ。ボタンの下に「どうぞ、思い切りぶちまけてください」とかいてある。右の赤ボタンは『上司』、真ん中のピンクは『夫か妻』左の緑ボタンは、『誰でもよい』という3つだ。赤とピンクは怒り、緑は感謝に設定されている。
 犬は「試しに押そう」とジャンプして、赤ボタンにタッチした。すると、前の人の声が聞こえた。「課長! 俺ばかりに残業させてひどいじゃないか。自分で残業して下さい。いやしろよ! このやろう」次はピンクボタン。「女房のやつ俺の小遣い減らした分、隠れてへそくりしやがって。働いている俺に感謝して、小遣い増やせ!」この2つは、怒りをぶちまけている声。

 そして、最後の緑ボタンからは「俺がこんなに幸せなのは、世間の皆々様のお陰です。どなた様も感謝感謝でございます」と感謝のメッセージが流れた。
 今までの売り上げ統計によると、上司が多く、次いで夫、妻。誰でも良いは、めったに売れない。それだけ感謝より怒りを抱いている人が多いということか。

 犬は、「あっ、誰かきた」と言いながら草の中に隠れた。男は50代位、髪はボサボサ、スーツもよれよれだ。
「営業マンにしては、くたびれた格好だな、きっと上司のボタンを押すだろう」と犬は見当をつけていた。
 ゴールドの自販機の前に立った疲れ切った顔の男は、迷わずボタンを押した。
 それは、緑のバタンだった。緑は感謝のボタンだ。
 あの男に何か良いことがあったのだろうか。
 草の中の犬はにっこりと笑った。
「どなた様か存じませんが、ありがとうございます」という男の声が聞こえた。
 毎度お買い上げありがとうございます。
 月の綺麗な夜だった。

-fin-

2016.05.20

『自販機』をテーマに書いたフィクションです。

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