top of page

ハンドメイドの女王

 弘美が『魔法の小瓶』を見つけたのは、一ヶ月前だ。何気なく手にしたこの小瓶が、弘美に大切な事を教えてくれるとは、その時知るよしもなかった。

 28歳の弘美は、夫と4歳の娘の りなと暮らす専業主婦だ。真面目な夫と可愛い娘との暮らしに、不満もなく幸せだ。

 しかし、弘美には今悩みがある。それは、りなの幼稚園に、レッスンバッグ、エプロン、靴入れを持って行かなければいけない。だが、弘美は、母親譲りの『超』がつく不器用で、裁縫、編み物、ミシン掛けが大の苦手なのだ。

 それなら、店で買えばいいのに「やっぱり、ママの手作りでなくちゃ」と変なこだわりがあった。もうすぐ4月だというのに、ミシンを出す気持ちにもなれず焦っていた。

 そんなある日、不要品処理場で、ピカピカ光る箱を見つけた。あまり綺麗なので手に取った。箱には『小瓶の液を3倍に薄め、ミシンに振りかけるだけで、思いのままにソーイング。これでもう貴女はハンドメイドの女王に』と書いてあった。

 弘美が中に入っていた小瓶の蓋を、そおっと開けると空っぽだった。「そんな!だったら自分で作るしかないわ」と言った。

 小瓶の底にほんの少し残っていた黄色の液に、何かを混ぜようと考えた。小瓶からした酸味の強い香りを思い出しながら、レモンの果汁を作った。そして、果汁とべっとりとしたミシン油を、残っていた液に混ぜ合わせた。

「失敗してもいいわ」と黄色の液が入った小瓶を見つめて呟いた。

 次の日、早速シュシュシュと、3回ミシンに振りかけた。すると、ミシン針がカッカッカッと、リズミカルに動き、ピンクの濃淡の布地に、水玉模様のリボンのついた手さげかばんが、あっという間に完成した。『りな』と娘のネームの刺繍が終わると、ピーと鳴ってミシンは止まった。弘美は嬉しくなり、それからというもの、ポーチからコースターまでたくさんの物を作った。いつの間にか家中に布製品が溢れ、綺麗にデイスプレイしたのを見ていると、息が詰まりそうになった。
 ある日、りなが「みーんな同じでつまんない。ママの作ったおかばんの方が好き」と言った。その時弘美は気づいた。下手でも、縫い目が揃ってなくても、娘のために、一生懸命つくった方が喜んでくれるのだ。

 手作りの物は、出来映えも重要だが、贈る相手を思い、心を込めて作ったかが、大事なのだ。弘美は、もう不器用でも気にしないでいいと思った。

 今日は、りなとお出かけだ。りなの肩には、少しやぼったい、糸目の荒いかばんが、かかっていた。

-fin-

2016.01.21

『とんでもない薬を作ってしまった』をテーマに書いたフィクションです。

bottom of page